東京地方裁判所 昭和63年(ワ)15285号 判決 1990年11月05日
原告 ユニバース貿易株式会社
右代表者代表取締役 境俊彦
右訴訟代理人弁護士 大貫端久
同 深沢信夫
被告 南西株式会社
右代表者代表取締役 除野健次
右訴訟代理人弁護士 林彰久
同 池袋恒明
主文
一、被告は、原告に対し、一億四四四〇万〇四二〇円及びこれに対する昭和六三年一一月一九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、この判決は、第一項につき仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、請求の趣旨
主文同旨の判決及び仮執行の宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告は、商品取引市場における上場商品の売買及び売買の仲介並びに不動産の売買、売買の仲介、斡旋、管理、賃貸等を目的とする株式会社(清算手続中)であり、被告は不動産の賃料及び管理業務等を目的とする株式会社である。
2. 原告は、昭和五六年二月二日、分離して判決がなされるまで本訴における相被告であった明裕不動産株式会社(以下「訴外会社」という。)から、同社所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)のうち八階部分(以下「本件建物八階部分」という。)を次の約定により賃借した。
(1) 期間 昭和五六年二月一五日から昭和五九年二月一四日まで
(2) 賃料 一か月一八四万〇九三〇円
(3) 保証金 六〇〇〇万円(保証金の返還にあたっては賃料の二か月分を償却費として控除する。)
(4) 敷金 一〇〇〇万円
3. 原告は、訴外会社に対し、昭和五六年二月一二日、2(3)の保証金六〇〇〇万円及び(4)の敷金一〇〇〇万円を支払った。
4. 本件建物八階部分の賃貸借契約は、昭和五九年二月一五日及び昭和六一年二月一五日にそれぞれ更新され、原告は、訴外会社に対し、昭和五九年二月一五日、追加保証金として三七二万四五〇〇円、追加敷金として二七四万四九〇〇円を支払い、また昭和六一年四月四日、追加敷金として二五四万八九八〇円を支払った。
5. 原告は、昭和六三年四月三〇日、本件建物八階部分を原状に復して明け渡した。
6. 右明渡当時の本件建物八階部分の賃料は、一か月二五四万八九八〇円であり、原告が被告に預託した保証金及び敷金の合計額七九〇一万八三八〇円から、賃料の二か月分五〇九万七九六〇円を控除した金額は七三九二万〇四二〇円である。
7. 原告は、昭和五七年八月一九日、訴外会社から、同社所有の別紙物件目録記載の建物のうち二階部分(以下「本件建物二階部分」という。)を次の約定で賃借した。
(1) 期間 昭和五七年八月一九日から昭和五九年八月一八日まで
(2) 賃料 一か月一七〇万円
(3) 保証金 六〇〇〇万円(保証金の返還にあたっては賃料の二か月分を償却費として控除する。)
(4) 敷金 一〇〇〇万円
8. 原告は、訴外会社に対し、昭和五七年八月一一日に7(3)の保証金のうち二〇〇〇万円を支払い、同月一九日に保証金の残金四〇〇〇万円及び(4)の敷金一〇〇〇万円を支払った。
9. 本件建物二階部分の賃貸借契約は、昭和五九年八月一九日及び昭和六一年八月一九日にそれぞれ更新され、原告は、訴外会社に対し、昭和五九年八月二〇日に追加敷金として一一〇万円を支払い、また昭和六一年一一月二〇日にも追加敷金として四六二万円を支払った。
10. 原告は、昭和六三年二月六日、本件建物二階部分を原状に復して明け渡した。
11. 右明渡当時の本件建物二階部分の賃料は、一か月二六二万円であり、原告が被告に預託した保証金及び敷金の合計額七五七二万円から、賃料の二か月分五二四万円を控除した金額は七〇四八万円である。
12. 訴外会社は、被告に対し、昭和六一年一月三一日、譲渡担保により本件建物の所有権を譲渡し、同日、その旨の登記を了した。
13. よって原告は、被告に対し、賃貸借終了による保証金及び敷金返還請求権に基づき、本件建物八階部分につき七三九二万〇四二〇円、本件建物二階部分につき七〇四八万円の合計一億四四四〇万〇四二〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年一一月一九日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否及び被告の主張
(認否)
1. 請求原因1の事実は認める。
2. 請求原因2ないし6の事実のうち、5の事実は認めるが、その余の事実は知らない。
3. 請求原因7ないし11の事実のうち、10の事実は認めるが、その余の事実は知らない。
4. 請求原因12の事実は認める。
(主張)
1. 被告の本件建物取得の時期
(1) 被告は、訴外会社に対し、昭和六一年一月三一日、一四〇億円を弁済期昭和六三年一月三一日、利息年一三パーセント(年複利計算)、遅延損害金年一八・二五パーセントの約定により貸し付ける契約を締結し、右金員を同日に四〇億円、同年二月七日に六六億七〇四七万八九二九円、同月一三日に五億七三八六万円、同年三月一三日に三億二九〇〇万円、同年七月一八日に二四億二六六六万一〇七一円に分割して、それぞれ訴外会社に交付した。
(2) 被告は、前同日、訴外会社との間で、被告の前記債権を担保するため、訴外会社所有の本件建物及びその敷地である東京都中央区銀座四丁目五番二ほか六筆の土地につき、譲渡担保として被告にその所有権を移転することを合意し、同日その旨の登記を了した。
(3) 訴外会社は、約定の弁済期を経ても前記貸金を返済しなかったので、被告は、訴外会社に対し、昭和六三年五月三一日現在における譲渡担保物件の時価等につき後期のとおりの鑑定による評価をしたうえ、同年六月九日到達の書面により、前記貸金元金一四〇億円とこれに対する弁済期までの利息三六億九六七〇万〇七八七円及び同年五月三一日までの遅延損害金一〇億六一八〇万二〇四七円の弁済の一部として、譲渡担保の対象となっている本件建物及びその敷地の所有権を確定的に取得する旨の意思表示をした。譲渡担保の対象となっている本件建物及びその敷地の当時の時価は、鑑定による評価によれば、訴外会社から本件建物の各部分を賃借している豊国興産株式会社ほか九社(本訴における原告に対する賃貸部分を含まない。以下同じ。)の賃借権を負担する状態の価格として一四五億円であるところ、各賃借人が訴外会社に差し入れた各敷金及び保証金合計六億〇七七三万七二九〇円の返還債務を被告において引き受けることから、これを控除すると、一三八億九二二六万二七一〇円となり、いずれにしても被告の貸金債務を超えることはないから、被告から訴外会社に対し支払うべき清算金はない。
(4) 被告の本件建物の所有権取得の経緯は、以上のとおりであるが、譲渡担保を原因とする所有権移転は、債務の弁済がなされたときは当然に債務者に対して担保物件の返還がなされることを前提としているのであるから、賃借権の負担がある不動産について、譲渡担保による所有権移転があっても、右所有権移転をもってただちに賃貸人の地位の移転があったとすることはできない。この場合賃貸人たる地位が移転するのは、譲渡担保設定時ではなく、譲渡担保が実行され、債権者が確定的に物件の所有権を取得したときと考えるべきである。
(5) そうすると、被告が本件建物の所有権を確定的に取得し、訴外会社に代わって本件建物の賃貸人の地位を承継したのは、昭和六三年五月三一日ということになり、原告が本件建物八階部分を明け渡したのが同年四月三〇日、本件建物二階部分を明け渡したのが同年二月六日というのであるから、右明渡時期は、いずれも被告が賃貸人の地位を取得する前のことである。したがって被告は、原告に対し、敷金等の返還義務を負わない。
(6) なお被告は、昭和六三年二月二日到達の書面により、訴外会社に対し、本件建物の所有権を確定的に取得する旨の意思表示をしたが、その後、同年三月三一日に開かれた被告と訴外会社との間の債務弁済調停期日において、この意思表示を取り消し、調停裁判所の選任する鑑定人の鑑定価額によりあらためて本件建物の所有権を確定的に取得したい旨を申し入れ、訴外会社の了解を得た。被告は、訴外会社との右合意に基づき、前記(3)のとおりの経緯で、本件建物の所有権を確定的に取得する旨の意思表示をあらためてしたものである。
2. 原告の建物明渡の相手方
被告は、原告から本件建物八階部分及び同二階部分についての明渡を受けていない。原告が本件建物の右各賃借部分を明け渡したのは、訴外会社に対してであり、被告に対してではない。したがって、原告は、被告に対し、敷金等の返還を請求することはできない。
三、被告の主張に対する原告の認否及び反論
1. 被告の主張に対する認否
被告の主張のうち、原告の請求原因における主張事実及び後記主張事実についてはこれを認めるが、その余の事実は知らない。主張は争う。
2. 被告の本件建物取得時期について
(1) 被告は、前記のとおり、昭和六一年一月三一日、訴外会社から譲渡担保による所有権の移転を受け、その旨の登記を経たのであり、右日時以降は対外的には本件建物の所有権者としてその賃貸人の地位を承継したのであって、原告に対する敷金等の返還義務を免れることはできない。
(2) 仮に、被告が本件建物について賃貸人の地位を承継した時期が、被告主張のように譲渡担保が実行され確定的に所有権を取得したときであるとしても、被告は、被告の主張1(3)の意思表示に先立ち、昭和六三年二月二日到達の書面により、訴外会社に対し、本件建物その他の譲渡担保物件の所有権を確定的に取得する旨の意思表示をした。当時の被告の訴外会社に対する貸金債権額は、既に譲渡担保物件の価額を上回っていたから、被告が支払うべき清算金はなく、被告は、右日時において本件建物の所有権を確定的に取得するとともに、原告が賃借していた本件建物八階部分及び同二階部分についての賃貸人の地位を承継し、原告に対する敷金等の返還義務も承継したことになる。
(3) 被告は右(2)の意思表示をその後取り消したと主張するが、本件建物の所有権を確定的に取得するという被告の意思は、被告主張の右取消の前後を通じて変化はないのであるから、被告主張の右取消は、債務の清算関係を裁判所の選任した鑑定人の鑑定の結果によって処理するという内容の申し入れであるにすぎない。
3. 原告の建物明渡の相手方について
(1) 訴外会社は、昭和六一年一月三一日に譲渡担保により本件建物の所有権を被告に移転した後も、また、被告が昭和六三年二月二日に本件建物の所有権を確定的に取得した後も、さらには、原告が本件建物八階部分及び同二階部分を明け渡した当時においても、本件建物の管理業務を事実上行っていたものであり、その地位は、所有者である被告の占有代理人と目すべきものである。
(2) 被告は、譲渡担保により本件建物の所有権を取得したこと、また前記のとおりその実行により確定的に所有権を取得したことについて、原告に対し、なんらの通知をしなかったものであり、原告は、その事情を知らないまま、前記のとおり従前どおり本件建物の管理業務を行っている訴外会社を正当な権利者と信じて、またそのように信じたことについて過失なく、本件建物八階部分及び同二階部分を明け渡した。
(3) もともと建物の明渡は、賃借人が賃借物件を原状に復して退去することに意味があるのであり、明渡の相手方が誰であるかについてはさほど重要ではない。右(1)及び(2)の事情のもとで、本件建物八階部分及同二階部分を明け渡した原告の信頼は、保護されるべきである。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求原因1、5及び10の事実は、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、その余の請求原因事実がすべて認められ、この認定に反する証拠はない(右認定事実によれば、本件建物八階部分及び同二階部分についての賃貸借契約は、右認定にかかる明渡時に終了したものと解するのが相当である。)。また、<証拠>によれば、原告が訴外会社に敷金とは別に保証金名下に差し入れた金員は、実質的に敷金としての性質を有し、賃貸借が終了したときは、差し入れた敷金とともに、その約定(請求原因2(3)及び同7(3))に従って賃借人に返還されるべきものと認められる。
二、ところで、建物の賃貸借が存続中に建物所有権が譲渡された場合において、賃借人が旧所有者に差し入れていた敷金は、賃借人がその賃借権を新所有者に対抗できるときには、新所有者に当然に承継される(最判昭和四四年七月一七日民集二三巻八号一六一〇頁)が、この理は、譲渡担保に基づき建物所有権が移転し、譲渡担保権者がその所有権移転登記を受けた後に賃貸借が終了した場合にも妥当し、譲渡担保権者は、右登記を経た後は、譲渡担保についての清算が未了であり、担保設定者との間では確定的に所有権を取得していないことを理由として、敷金の返還義務を免れることができないと解すべきである。
なぜなら、譲渡担保権者は、所有権移転登記を経ることによって、対外的にはその物件の所有者として扱われるべきであることのほか、譲渡担保の被担保債権についての弁済期の定め、あるいはその他の債務者の履行遅滞の有無、譲渡担保権者と設定者との間の清算手続の有無及びその進行の程度について、当事者ではない建物賃借人においてこれを把握することは、一般的にいって容易ではなく、しかも、右清算手続において清算の必要あるいは清算額をめぐって争いを生ずる場合(本件もその場合であるが、そのような場合が少なくないことは当裁判所に顕著である。)や、清算終了時までに設定者からいわゆる受戻権が行使されることもある(その要件をめぐって当事者間にしばしば紛争を生ずることもまた当裁判所に顕著である。)ことを考えると、建物の所有権が譲渡担保権者に確定的に移転する時期は、事後的に明らかになることは別として、その当時においては必ずしも明確でないことが多く、被告主張のように、譲渡担保権者が、清算手続を経て確定的に建物所有権を取得するまでは賃貸人としての地位を承継せず、敷金の返還義務も負わないとすることは、賃借人が新所有者に敷金返還を求めることができるようになる時期及び要件が不明確となり、その地位を不安定にして、新所有者に敷金返還義務が当然承継されるとする前記法理を没却することになるからである。また、賃借人が敷金返還請求権の権利行使の実現を確保するための賃貸人の財産は、最終的にはその所有する一般財産ということになるが、そのうち現に賃貸借に供されている不動産である建物それ自体が、まず第一次的にはその引当になると解しているのが契約当事者の意思として一般的と解されるのであるが、譲渡担保権者に敷金返還義務が生ずる時期等について被告主張のように解することは、譲渡担保により建物の所有権移転登記がなされると、その清算手続がなされて担保権者が確定的に所有権を取得するまでの間に賃貸借が終了した場合における賃借人は、設定者が受戻権を行使して登記を戻した場合を除いては、賃借建物に対する強制執行をする手段を奪われることになって、妥当とはいえないからである。
したがって、所有権移転登記を経た譲渡担保権者は、清算手続が未了であり、設定者との間では確定的に所有権を取得していないことを理由に、それまでに終了した建物賃貸借の賃借人に対する敷金返還義務を免れることができないのであって(なお、その場合における担保設定者(旧所有者)の敷金返還義務は、消滅するのではなく、譲渡担保権者と重畳的にこれを負担すると解するのが相当である。)、これを本件についてみると、原告の本件建物八階部分及び同二階部分について賃貸借が終了し、その明渡がなされたのは、いずれも本件建物の所有権が譲渡担保により被告に移転し、その旨の登記がなされた後のことであることは、前記認定事実から明らかであり、被告は、原告に対する敷金返還義務を免れることができないことになる。
二、なお、念のため付言すると、被告主張のように、譲渡担保権者の敷金返還義務は、清算手続が終了して確定的に所有権を取得したときに承継されると解する余地があるとしても、本件においては、以下のとおり、被告はその返還義務を免れることはできない。
すなわち、<証拠>によれば、「被告の主張」1(1)及び(2)の事実のほか、被告は、訴外会社に対し、昭和六三年二月二日到達した書面により、本件建物及びその敷地の譲渡担保権を実行し、被担保債権が物件の評価額を上回るから、確定的にその所有権を取得する旨の意思表示をしていることが認められ、また、弁論の全趣旨によれば、被告の訴外会社に対する被担保債権額は、担保物件の価額を上回っていたと認められる。したがって被告は、前記認定の原告の本件建物の賃貸借終了時の前である昭和六三年二月二日に本件建物の所有権を確定的に取得したことになるのである。もっとも、被告は、その後右意思表示を撤回したと主張し、成立につき争いのない乙第七号証の一、二によれば、被告は、訴外会社に対し、昭和六三年六月九日到達の書面により、前記の意思表示を撤回し、あらためて本件建物等の所有権を確定的に取得する旨の意思表示をしていることが認められる。しかし、他方、<証拠>によれば、被告は、昭和六三年二月二日の意思表示に前後して、訴外会社から本件の被担保債権の弁済猶予の民事調停が申し立てられた後も、これを猶予する意思はなく、また譲渡担保の実行により確定的に本件建物の所有権を取得したとする態度に変更はなかったこと、ただし、担保物件である本件建物及びその敷地の評価額につき被告と訴外会社の間で争いがあったので、調停裁判所の選任する鑑定人の評価によって清算の必要の有無及びその額について決着をつけることになり、その鑑定がなされたこと、その結果も被担保債権の額が物件価額を上回っていたので、被告は、訴外会社に対し、あらためて右鑑定価額に基づき確定的に所有権を取得した旨の前記の意思表示をしたことが認められる。そうすると、被告のなした二回目の意思表示は、実質的には一回目の意思表示を撤回したものではなく、清算関係について再調整をしたものにすぎないと解すべきであって、したがって、被告は、昭和六三年二月二日に本件建物の所有権を確定的に取得したことに変わりがないことになる。
以上のとおりであって、被告は、本件建物の所有権取得時期等についての被告の主張を前提としても、原告に対する敷金返還義務を免れることができない。
三、被告は、原告が本件建物八階部分及び同二階部分を被告にではなく、訴外会社に対し明け渡したとして、これを理由に敷金等の返還を拒む旨主張する。
しかし、原告及び被告の各代表者尋問の結果によれば、「原告の反論」3(1)及び(2)の事実が認められるほか、弁論の全趣旨によれば、被告において原告が明け渡した後の本件建物八階部分及び同二階部分を現在に至るまで被告が使用できないのは、原告が被告に対し右各部分を明け渡さなかったことによるのではなく、被告と訴外会社との間で本件建物の譲渡担保権実行をめぐる紛争があって、訴外会社から本件建物の明渡(引渡)がされないことによるものであること、被告は、原告に対し、右各部分を被告に明け渡すよう申し入れたことは一度もなかったことが認められる。そうとすれば、右認定の事情の下において、原告が本件建物八階部分及び同二階部分の明渡を訴外会社に対してなしたことを理由に、被告が原告に対する敷金等の返還を拒むことは、信義に反し、許されないと解するのが相当である。
四、以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、なお本件においては仮執行宣言を付するのが相当であるから、これにつき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三輪和雄)
<以下省略>